Q.
年末は憂鬱なんです。
私の実家は群馬で旅行がてらちょっと顔を出すこともあり、新年の挨拶に行くのは3、4年に一度。
夫の実家は岡山で、なかなか行けない分、毎年年末年始に5日間帰省します。
両親や親戚へのお土産、お年玉…。
遠いのでお付き合いしてもメリットもなく面倒なだけ。
夫に「お父さんもお母さんも高齢だし、そろそろ実家じまいの相談したら?」と話すと「長男の俺からそんな話できるわけないだろ!」と言われました。
私の両親からは「いずれ施設に入るから土地と家は好きなように」と話があったんですけど、夫の両親からは話がありません。
「長男なんだから何とかして」と思うのですが、「長男が実家を継ぐのが筋なんだぞ」と夫と話がかみ合いません。
A.
ご相談は「結婚を前提にあなたは夫の「実家」への帰省に「何のメリットもなく面倒なだけ」という気持ちがあり、夫に「実家じまい」を迫って「長男の俺からそんな話できるわけないだろ!」と言われ、夫と話がかみ合わず憂鬱になっています。
「実家」という言葉は、江戸時代や明治時代には使われていなかったようです。
大正、昭和初期に旧民法の「婚家」と対になって、例えば嫁が夫婦喧嘩をした際、「実家に帰らせてもらいます」というように使われました。
1970年代からライフスタイルが変化し、成人すると自分が生まれ育った家から出て独立することが多くなると、「実家」は「生まれ育った家」(実家=生家)、今では「親」あるいは「祖父母の住んでいる家」という意味で使われるようになりました。
あなたが夫に「実家じまい」をさせたいのには2つの意味があります。
1つはメリットもなく面倒なだけなので「早く両親に施設に入ってもらって家や土地を処分して」という物理的、経済的意味。
もう1つは、ちょっと強い言い方をすると「センチメンタルな過去へのこだわりは、もういい加減にしてよ」という意味です。
人間にとって「どこで生まれ」「どこで育ち」「どんな人たちに支えられたか」は人生に大きな影響を与えます。
精神科医のエリック・バーンは、「人生脚本は4歳までにほぼ子どもの心の中に出来上がっていて、7歳ころには細かいシナリオが完成されている」と言っています。
夫の今を形作っている基盤があるのが「生家」であり「実家」なのです。
もちろんあなたもです。
さだまさしさんの「関白宣言」に「おまえの親と俺の親とどちらも同じだ大切にしろ」という一節があります。
女性に命令していると非難を浴びたこともありましたが、逆説的に述べた歌詞でした。
大黒摩季さんの「あなただけ見つめてる」には「苦手だったSpicyYourMama今ではお茶してる」という歌詞が出てきます。
どちらも「実家」との関係の大切さを表現していますね。
あなたの「実家じまい」の話に対し、内面にはあなたが夫の心のふるさとである幼少期の風景や周りの人々との関わりを大切に思ってくれていない寂しさ、それを切り捨てろという態度への不満があるのかもしれません。
「過去があるから今の夫がある」ということを忘れずにあなたが夫の気持ちを理解し寄り添うことが大切です。
そういうあなたの態度が、夫の気持ちを「実家じまい」に向けることにつながることもありますよ。






