男と女のQ&A

って何?って何?

~番外編~

男湯なのに清掃は女性?

Q.先日妻が子どもを連れてスーパー銭湯に行きました。帰るなり「小学3年生からちゃんと男女別れて入ってくださいって言われた。でも3年生で一人は無理だよ」と愚痴を言いました。昔は小学6年生まではよかったように思います。温泉地では混浴もあるし、少し過敏じゃないかとも思うのですが、そういう私もスポーツジムの男湯の清掃が女性なのには抵抗があって、先日も下着を脱いだ瞬間      に「失礼します」とおばさん(60歳代?)が入ってきたのにはちょっと困ったし、その前には20代くらいの女性のこともあってさすがに恥ずかしさで小さくなってしまいました。清掃なんだからと自分に言い聞かせても、それがかえって意識することになってしまって…。そんな風に考える私って変でしょうか。
性に関する疑問なので
自らの常識を持ち判断
A  「男湯の清掃はなぜ女性?」と考えてしまう自分を変と悩んでいらっしゃる。疑問を持ったあなたこそ人間として高い質の持ち主だと思います。なぜなら、この「性」に関する問題は、いつの時代も大っぴらに議論することが難しく、流れの中でなんとなくうやむやに処理されてきた難しい問題だからです。果たして何歳からが「男」で、何歳からが「女」なのか?そして、何が恥ずかしくて、何が恥ずかしくないのか?それは各人の感覚によるものです。「男性になる」こと、「女性になる」ことをどんな基準で計るのか(年齢なのか、初潮や精通の有無なのか)ということや、大人の男女が異性の裸を目にすることについてどんな状況のどんな程度まで許容でき許容できないのかとか、「裸体=性」と考える価値観の強さなどが大いに関係しています。もちろん世界を見回せば、各国の文化の違いであり、国によってその価値観が大きく違うことは皆さんご存じの通りです。性について比較的厳格と考えられる現代の日本でも、各地に混浴の温泉が存在し、むしろそういった場所が癒し のスポットであったりします。昔は大衆浴場でも「三助」と呼ばれる男性が、男女を問わず身体の垢すりや髪すきをする「流し」という仕事をしていました。女性の側も「三助」の存在に羞恥を感じることは無かったと言い、「三助」の給料は、銭湯で働く男性の中で最も高給だったそうです。東京都浴場組合のホームページによると江戸の銭湯は「入り込み湯」と言われ混浴だったとか。
寛政の改革により入り込み湯は禁止されますが、徹底はしなかったようで、その後明治政府が7歳以上の混浴を禁止するという法令(明治23年)を出しますが、庶民の長年の風習は簡単には改まるわけもなく、個人の価値観と「人に不快感を与えない」という常識が判断基準になっていたようです。「性」に関わることはそのまま「生き方」につながることです。それは即ち、幕府や国による規則で決められることではなく「どう生きるか」を一人一人が悩みながら考える種類の問題です
「性=生」と捉え、大切なこととして解放されることを願っている私としては、あなたのような方がいらっしゃることをうれしく思います。


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